君なくば

ここのまり十まりつきてつきおさむ十ずつ十を百と知りせば 良寛

君なくば千たび百たびつけりとも十ずつ十を百と知らじをや 貞心尼

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とても大切な大切な、命の恩人といってもよい人が、亡くなりました。幾人かと連絡をとりあい、その人にいのちを救われたと思っている人が沢山いることを知りました。


大学生のころ、感情をまったく失ったことがあります。

辛い苦しいを逃れたい逃れたいと思っていたら、辛い苦しいもない代わりに嬉しい楽しいも何もないところに行き着いてしまいました。

生きることは平坦で、もう何もすることがない、夢もなく恐れもなく、あとは余生のようなものと言った私に、「こけぐまさんの奥に五歳くらいの小さな子があって、泣いているような気がする」と教えてくれた友人がいます。私にはまったく実感がなかったけど、どこか真実だと思いました。それはたぶん、私の傷つきやすいやわらかいほんとうのところ。そこを守るためだったのでしょう、私が知らぬ間に感情を失ったのは。


その人に会って、坐禅を知って、その見知らぬ五歳の子にやっと会うことができました。傷ついても傷を知らない、そんなことがあると知ったから。感情がなくったってなんだって、文句つけなきゃすべてまる、ものみな救われ終わっているのです。
こんなことを教えられる人、他になかった。


君なくばちたびももたびつけりともとおずつとおを百と知らじをや


ほんとこんな人、他にない。
これでお別れするわけではないけれど、最後のご挨拶に行ってきます。

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2011年5月20日午後3時2分、川上雪担和尚が遷化しました。
それでも、こけぐま出版はぼちぼちとやっていきますよ。(・・・のつもりでしたが、いったん店じまいをすることにしました。)